温泉が無い?

木曾路の南方に南木曾町がある。

ヒノキ香る歴史の里で水と緑に包まれた懐かしい風景がある。

南木曾には三留野宿と妻籠宿とがあり、江戸日本橋から数えると41番目と42番目の宿場である。

中央西線南木曾駅に着いて時間に余裕がありふと思いついてこの辺に温泉でもないだろうか、暑いので一風呂浴びたい。

タクシーの運転手さんに尋ねる。

「なに、温泉?そんなのないよ」。

今度は駅前の観光案内所を覗く。

これが大当たり。

「温泉ありますよ、滝見温泉ていうんです」。

案内嬢の声もはずむ。

『南木曾の旅』というパンフレットを提示しながら地図とバス路線など詳しく説明してくれる。

私もびっくりした。

木曾谷にはおよそ温泉は少なく掘っても出ないと思いこんでいた。

それがまさかと思いながらも、念のため尋ねてよかった。

飯山 旅館などの有名な温泉はタクシーの運転手さんや地元の人も知っているが、新しかったりマイナーだとこんな回答が帰ってくるのだ。

また来たいな

北日本ボーリング株式会社が掘削、この辺りで高温の温泉も珍しい。

よくも湧いたものだ。

大浴場は板のふちどりで八角形の大浴槽。

湯が溢れている。

見取図によると男子のは角形、女子のは円形のようだ。

大きなガラス戸で外界が存分に見渡せる。

新緑や紅葉時はさぞ美しいであろう。

飯山 旅館のような適温の湯にゆったり浸かる。

二階には大広間二つと和室が5つ。

お客いっぱい。

「くつろぎ三昧、持参のお弁当を広げて下さい。ほら、心も体もすっかりフレッシュ」とある。

富沢町は広大な山域に人口4700人、富河温泉や万沢温泉嬰もあり、福士川渓谷民宿8軒もある。

山奥の温泉は楽しい

真新しい瀟洒な木造二階建て、木材をふんだんに使った広い空間だ。

フロントで500円を支払ってまずは入湯。

突き当たりが男女別大浴場、さらに奥が男女別露天風呂。

どこも広くて大きい。

大石をめぐらした露天風呂は50人は同時入湯可能であろう。

飯山 旅館のような適度な大きさの浴槽もいいが、大きな浴槽も温泉らしくていい。

適温。

小管からも底からも湯が噴出する。

とっぷり浸ると「はるばると奥山へやって来たものだ」と満足感がひしひしと迫る。

緑の樹林に囲まれてしばし山の霊気にも浸る。

奥山とはよくも名付けたものだ。

同浴のおじさんたち「遠く山奥から引いています」「以前は庭前に露天風呂だけありました」。

ふるさと創生一億円で1500メートル掘り下げた40度の重曹泉で透明。

湧出量は一分問340リットルもある大量。

奥山温泉

山梨県南巨摩郡富沢町の山奥に奥山温泉があるという。

地図を案ずるとだいたいの位置が判った。

身延線井出駅近くの富士川を富栄橋で渡り福士川沿いに約13キロ先、車では40分とある。

相当な山奥のようだが東海自然歩道の区間にもなっている。

私は清水市の温泉仲間小林正雄さんと同行しようと思い東海道新幹線新富士駅で待ち合わせる。

駅頭では右前方に富士山が黒々と讐えているのだ。

まだ冠雪しない、それと判る威容が眼前を圧する。

やはり富士は「日本一の山」だ。

いつもの宿飯山 旅館から富士山は見えないので堪能することにした。

しばらくぶりに富士山と対面し若き日の夏に富士吉田から一歩一歩歩いて登ったときのことが想い出されて懐かしかった。

車は国道52号線を一路北上、インフォメーションセンター「ザ・とみざわ」で道路状況を確認、舗装道の一車線は杉林の中をうねうねと高度を上げる。

対向車もほとんどいない。

途中には魚苗センターや七ツ釜荘、青少年旅行村があり大回りして丘の上に出るとそこは富沢町営奥山温泉であった。

猿の来る温泉

しばらくぶりにやって来た南アルプス。

曽遊の山々も懐かしそうに見守ってござる。

30年前は私もまだ若かった。

よくも山々にいりびたったものだと感慨深い。

芒硝重曹弱食塩泉で17.6度を加熱する。

従来から湧出していたのを1000メートル掘り下げてこの高台に引いた。

サル君が一頭樹幹にしがみついて私どもを見ている。

同浴のおじさん「はぐれ猿のようですね」。

いつもは集団で現れるという。

光源の里というのは光源氏かと思ったらさに非ず、古い発電所に因む。

日本で二番目に古いという。

そして新倉、大原野、早川の三つの併合地なので三里→美里となった。

食堂もあり宿泊もできる。

泊まりたい気分に駆られる。

ここや飯山 旅館のようにいい環境の温泉は日帰りのつもりで入浴しても一泊したくなるものだ。

ふるさと創生一億円を早川町では街路樹の植樹に使用したという。

数10年後には森の邑にもなるであろう、楽しみだ。